マーケティングの超必殺技講座「お金を出してもらうということの難しさ」

ユニット社のウェブサイトはデザイナーの高崎とウェブ担当の中村の手でリニューアルされ、アイちゃんと田中が足で稼いだ取材記事でコンテンツも順調に充実してきた頃、一同はしびれを切らし始めていた。

問い合わせは数件来ているものの、まだ一つも受注には至ってはいない。この仮説は間違いだったのだろうか。何か他のことをすべきなのではないか。ここまで比較的順調に進んできたプロジェクトに、先の見えない暗雲が立ち込めていた。

プロジェクトメンバーが気分を暗くしているのは、結果を出せないためばかりではなかった。プロジェクトに関わりを持たない、ユニット社の従業員からのプレッシャーが日増しに強くなっているのだった。

こんなことやってて意味があるのか! 社長は現場を見ているんですか?

こないだ俺が提案したロボットを買えばスループットが良くなって、今は見送っているような短納期の案件にも応えられるようになります。

それを差し置いて、こんな1円の売上にもつながらないプロジェクトに時間と金を使って、結果が出なくても何の説明もない!

岩倉さん、落ち着いてください。今は徳島さんたちがいらしているのだから…。

だからこの話をしているんです。社長に聞いても「ちょっと待ってください」としか応えてくれないじゃないですか。

徳島さん、実際のところどうなんですか? これ以上続けて意味があるんですか?

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岩倉さんたち現場の方々が頑張って稼いだお金を僕たちに使い込まれているように感じるお気持ち、分かります。

でもこれだけは言わせてください。プロジェクトは順調です。現在1日に30人のユーザーが毎日ウェブサイトを訪れています。この数値はこれから順調に伸びていくでしょう。

ただし、実際の注文が発生するのには時間がかかります。これも想定していたことです。なぜなら、購入率は0.1%、1,000人に1人くらいだろうと見込んでいるからです。今のペースだと、大体1か月に1件注文が入れば良いくらいの計算になります。

分かりました。ではこうしましょう。

あと1か月待ちます。1か月以内に結果を出してください。出せなかったらこのプロジェクトチームを解散させてください。

もし結果を出せず、解散もさせないとなれば、俺たちはこの会社を辞めさせてもらいます。

俺、たち…?

三村、佐竹、俺の3人です。実は他社から引き抜きのオファーが来ています。会社が道理を通してくれないなら、環境を変えるまでです。

そ、そんな…! 岩倉さん、ちょっと待ってくだ――。

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行っちゃいましたね…。

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会社の方針と合わないっていうなら1か月後と言わず、今すぐ辞めてもらった方が良いんじゃないですか?

新しいことを始めたら絶対に反発する勢力は出てくるし、それを野放しにしていたら会社のベクトルがぐちゃぐちゃになって、前に進めなくなってしまいますよ。

そ、そういうわけにはいかないですよ。

人を採用するのにはすごくコストがかかるんです。そもそもうちみたいな中小企業だと、募集を出してもなかなか採用できません。採用できたところで教育期間が必要で、仕事に習熟するまで養うようなかたちになります。

それより何より、岩倉は一番古いくらいのメンバーで、今は生産管理全般を見てもらっています。現場サイドからの人望も厚いし、彼がいなくなったら会社はばらばらになってしまいます。

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うーん、そうは言っても、1か月で結果が出るかどうかなんて分からないですよ。

そ、そんな…。

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ちょっと本分ではないですが、仕方ない。ブーストをかけましょう。

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ブースト、ですか?

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現状は検索エンジン経由のインバウンドで1日30人の見込み客にリーチしているような状況だ。

打率を劇的に上げるのが難しい状況であれば、成果を上げるためには打席に立つ回数を増やすしかない。

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広告、ですか?

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ああ。AARRRの考え方を紹介したときにも話したように、本来広告は順番的には一番最後に来るものだ。プロダクトが売れると分かって、十分に磨き上げて、投資対効果が見えた段階で投下していくのがセオリーになる。

ただしいつもセオリー通りに進められるわけじゃない。今俺たちに必要なのは「小さな成功」だ。小さな成功を埋めば、プロジェクトメンバーも、それを外から見ている人たちも、プロジェクトに期待を持てるようになる。

この「小さな成功」というのはバカにできたものじゃない。なぜなら、プロジェクトを成功に導くのは合理的な機械じゃなく、不合理に満ちた人間だからだ。

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広告となると僕らの得意領域ですね!

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むしろここまでプロジェクトが進まないと広告の出番がないことに、軽く衝撃を受けています…。

広告というと、具体的にはどういった施策を打っていくのでしょうか? あまりお金はないのですが…。

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今回やろうと思っているのは、リスティング広告とDMです。

リスティング広告というのは、Yahoo!やgoogleで検索したときに検索結果の一番上に広告が表示されるのをよく目にすると思いますが、あれです。

例えば「ユニフォーム オリジナル」と検索されたときに広告表示するためには、このキーワードに入札することになります。googleが値付けしているのではなく、オークションみたいに広告出稿側が金額を指定するんです。

この時に指定する金額は「1クリックされたときにgoogle側に支払う金額」です。

ポイントは、とにかく高い金額を積めば良いわけではないというところ。例えばユニット社が100円、競合が150円で入札していたとしましょう。このとき、検索結果に表示される見出しなどによって、ユーザーがクリックしてくれる確率は変わってきます。気になることが書いてあればクリックするし、ピンとこなければスルーする。

もしも競合の広告のクリック率が1%のときに、こちらが2%のクリック率を叩き出すことができればどうでしょう。googleからしてみると、競合の広告を1,000回表示すると10クリック発生して、入札額を掛けると1,500円の収益を生むことになります。一方でユニット社の広告を1,000回表示すると20クリック発生して、入札額を掛けると2,000円の収入を生むことになります。

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判断基準は「どちらがgoogleにとって得か」です。googleは自社が儲かるためにも、ユーザーに変な検索結果を表示して不快にさせないためにも、この条件であればユニット社の広告を優先的に表示することになります。

なるほど、面白いですね!

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ここはいかに安い入札金額でもクリック率を上げて優先的に表示されるようにするか、そもそもどんなキーワードに入札していくか、運用担当者の腕の見せどころです。

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リスティングの良さは何と言ってもモチベーションの高いユーザーを獲得できることです。「ユニフォーム 発注」で検索してくるユーザーは、元からオリジナルユニフォームを制作することへの熱意が高い状態で、それだけ注文にもつなげやすいことはお分かりでしょう。

一方で、そんな優良顧客を獲得しやすいキーワードにはどの会社も入札しているので、金額が高騰する傾向にあります。「介護 ユニフォーム 制作 短納期」など、細かでニッチなキーワードにもどんどん入札して、どうにか他社を出し抜いていけるように運用していくことになります。

また「サッカー ユニフォーム」のような曖昧なキーワードには注意が必要です。そのキーワードで検索してくるユーザーは、ユニフォームを制作したい人なのか、ただ単に好きなプロサッカーチームのユニフォームの画像を探しているだけなのか、見極める必要があるでしょう。

ううん、難しそうですね。

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もう一つ、今回試してみたいのがDMです。どこで住所を手に入れるのか、会社や自宅のポストに勝手に届けられる、あれです。

DMにも色々な用途とやり方があります。

例えば既存顧客にリピートしてもらったり他の商品をおすすめしたりするには、当然ながら自社の顧客リストを活用することになります。

他にも、不特定多数の一般消費者、例えば就職を控えている大学4年生50万人にDMを送って新規顧客開拓がしたいとしましょう。このとき、当然ながらそんな大量の個人情報を持っている企業なんてほとんどありません。これを実現するには、就職支援サイトやコンビニで使うようなポイントカード運用会社などに、DMの送付を代行してもらうことになります。大量の個人情報を抱えている企業の中には、「1人につき10円です」という感じでDM発送をビジネスとしているところが少なくありません。もちろん今どき個人情報が直接売買されているわけではなく、「Ponyaからお得な情報」といった具合に、あくまでも発行主体はDM代行会社となります。

そして今回のようにユニフォーム需要がありそうな法人宛にDMを送付する場合は、自分たちで名簿をこさえていくことになります。法人は基本的に本店所在地や拠点の住所をウェブサイトなどに公開しているので、これをコツコツ集めていくと良いでしょう。もちろんそういった公開情報を集約して名簿として販売している業者もあるので、そちらを活用するのも一手。以前紹介したように、クラウドソーシングを使って名簿を作るのもおすすめです。いずれにしても最初はコストがかかりますが、2回目以降も継続利用できるので、初期投資と考えられます。

うちは「法人の新規開拓」ですね。確かにこちらから情報をプッシュできるようになるのはありがたい!

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他にもプロモーションには様々な手法がありますが、今回は法人向けということもあり、リスティングとDMが有効でしょう。

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リスティングの運用は田中が得意だったよな。

名簿作りのオペレーションは里平に任せよう。

タイムリミットは1か月。どうにかまずは小さな結果を出していこう!

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はい!!


まとめ読みしたい、マーケティングの超必殺技講座シリーズ

1. マーケター田中の敗北

2. 仮説こそがマーケティングの第一歩

3. 失敗するよりもユーザーに聞いてみたほうが100倍早い

4. 消費者を知れば百戦危うからず

5. SWOT分析は現状を把握に有効なツール

6. 発想の量が質を担保する!

7. 意思決定で眠れない夜

8. 手間ひまかけたコンテンツは、即席麺より絶対にうまい

9. お金を出してもらうということの難しさ


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