マーケティングの超必殺技講座「意思決定で眠れない夜」

検証に検証を重ね、アイちゃんたちはいくつも持ち上がっていたアイデアを1本の企画に収束させていった。

桂山社長にプレゼンすべく、一行はユニット社に集まっていた。

前日の夜遅くまで企画書の作成に取り組んでいたアイちゃんの目にはうっすらと隈が浮かんでいる反面、その顔はいきいきとしたものだった。

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私たちが考えた企画は、デザインを通してクライアントの経営戦略を支援するというものです。

今のユニフォームのままで良いのかという疑問を持ちつつも、リニューアルには踏み切れずにいるという組織が少なくありません。

ユニフォームはその企業の顔であるため営業成績に関わるし、イメージを左右するため人材採用にも影響を与えます。

とは言ってもどうすべきなのかという答えが、中小企業の経営者にはなかなか見えません。デザインの専門的な知識を持っているわけではないからです。

ただ言われた通りのユニフォームを作るのではなく、クライアントの課題や要望をヒアリングした上で、組織を良い方向に導くユニフォームのデザインを提案していく。必要と判断すればロゴや看板のリデザインまで請け負う。

そうやって「リニューアルも検討しているけれど、どうすべきか分からずにアクションを起こせずにいる」潜在需要を掘り起こしていくんです。

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これまでの下請け構造からクライアントとの直接取り引きのパスを作るために、オウンドメディアの運用にも力を入れていきます。実際にユニフォームデザインを営業や採用に活かしている企業を取材して、事例として記事で紹介し、ビジネスマン向けのメディアにも寄稿していくことを想定しています。

問い合わせフォーム周りを含めてウェブには力を入れていくべきなので、中村さんにはかなり頑張っていただくことになると思います!

望むところです。僕にできることであれば、何でもやります!

ちなみにこの企画にはデザイナーさんが欠かせないと思うのですが、徳島さんがお力を貸してくださるのでしょうか?

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いえ、最初の1案件だけであればどうにかなるかもしれませんが、デザインは僕の本業ではないので、ずっとご一緒するのは難しいだろうと思っています。

僕なんかよりずっと優秀なフリーランスのデザイナーさんがいるので、彼女に入ってもらうのが良いかなと思っています。

うまくワークするか分からない企画でいきなり人を雇うのは難しいと思いますが、パートナーとしてジョインしてもらうかたちを取れば、取り返しもつくでしょう。

うーん、なるほど…。

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この企画に本当に需要があるのか、アンケートやユーザーインタビューを通してしっかりと検証をしています。

やってみないと分からない部分は出てきますが、うまくいく可能性は決して低くないと思っています!

分かりました。

お金もかかることだし、ちょっとすぐには結論が出せません。しばらく考えるお時間をいただけますか?

プレゼンから1週間。桂山からの連絡は待てど暮らせど来なかった。

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桂山さん、乗り気じゃなかったもんな。私たちがやってきたこと、このまま自然消滅しちゃうのかな…。

就業時間後、アイちゃんの足は自然とユニット社に向かっていた。

これまでユニット社のために様々なことを考えてきた。それこそ脳に汗をかくような思いで、眠りにつく瞬間までユニット社のことを考え続けた夜も1日や2日ではなかった。

これは徳島や田中にしても同じことだろう。

同じくらいの熱量を持って3人でプロジェクトに取り組む日々は大変な一方でやりがいも大きかった。こんな毎日がずっと続いてほしいと思っていた。

一方で、これまで営業職としてキャリアを積んできたアイちゃんは、桂山の反応の意味に感づいていた。

失注――。

これはプロジェクトの終わりを意味している。今まさに食べようと思っていたソフトクリームを地面に落としてしまったような、あるいは優勝を目指していたテニス大会の初戦で負けてしまったような、不完全燃焼と喪失感。

「待った」は受け入れられないかもしれない。それでもアイちゃんはいても立ってもいられなかった。

ユニット社の受付についた、そのとき。

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田中、どうしてここに?

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アイちゃん!

このままプロジェクトが自然消滅するんじゃないかという気がして、桂山さんに直談判しに来たんだ。

アイちゃんもそんなところでしょ?

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うん!

田中も一緒だと心強い。2人で桂山さんを説得しよう!

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ちょっと待って。どうやら徳島課長代行が一足先に中に入っているようなんだ。2人の声が聞こえてくる――。

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現状維持を通していたら、どこかで行き詰まるのは確実です!

でも、少なくともあと3年はどうにかこうにかやっていける見通しがついています。

ここで新しいビジネスモデルに取り組んでお金を使ってしまったら、1年と保たないかもしれない。

会社を引き継いでからたったの1年で潰してしまったとなると、私は従業員から恨まれるだろうし、情けなくて同窓会にも顔を出せなくなります。私自身の再就職先も見つかるか分かりません。

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……。

実は大手のマックスユニフォームから買収のオファーも来ているんです。

僕には経営の才能もないし、いっそ手綱を手放してしまったらどんなに楽だろうと思います。

父から「それだけは絶対にダメだ」と言われているので見送っていますが…。

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実は僕、以前会社を立ち上げて、その会社をダメにしてしまったことがあるんです。

!!

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大学を卒業してから制作会社で3年ほどデザイナーとして経験を積んだあと、大学の頃の同級生や後輩と4人で小さなデザイン事務所を立ち上げました。

もともと勤めていた会社や取り引きのあった代理店からも引き合いをもらって、ありがたいことに仕事に困ることはありませんでした。

どんどん仕事が入りました。学生時代から付き合いのあるメンバーだったこともあって、一緒に無理をするのも楽しかったし、オフィス代わりのマンションに泊まり込むのも学生時代に戻ったようで悪くありませんでした。

対等なメンバーたちと仕事に打ち込める環境というのは、羨ましいです。

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ただ、最初の半年はそれで楽しくやれていたのが、1年を超えた頃には少し雲行きが怪しくなってきました。

たった4人でも、飯を食っていくということは想像以上に大変でした。給料は毎月払わないといけないから、仮に仕事が1か月間ぱったりと空くようなことがあれば、会社は途端に100万、200万といった単月赤字を抱えることになります。うかうかしていてキャッシュフローが危なくなって冷や汗をかいたりもしました。

だから仕事に空きを作るのがすごく怖くなって、取引先も増やしたし、来た仕事はとにかく引き受けるようにしました。

コンペや相見積が重なるような時期は、昼夜も土日もなく働く必要がありました。中には付き合いで出てほしいくらいのコンペもあったのですが、それを断ることもできませんでした。

お気持ち、分かります…。

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取引先を増やしたらクライアントの質もまちまちになって、中にはいつまでもOKを出してくれず、曖昧な指示が続いて大したお金にもならないのに半月持って行かれるみたいな炎上案件もちらほら出だしました。

そしてメンバーもそんな無茶な会社の仕事に、口では文句を言いながらもついてきてくれました。僕はそんなメンバーに甘えて、取り返しのつかないことをしてしまったんです。

無茶な働き方というのは、3か月間くらいならまぁ何とか根性で乗り切ることができる。しかしそれが1年2年と続くと体力的にもやられるし、先が見えなくなって精神的にも追い込まれてくる。

――メンバーの一人が過労で倒れてしまったんです。

……。

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僕には頭を下げることしかできなかった。状況を変えないといけないということは前から分かっていたのですが、自分も営業とデザイン業務でパンパンだったし、具体的に何をどうしたら状況が良くできるのか、まったく頭に浮かばなかった。

ただ一つ言えるのは、これ以上仲間の健康を悪くしたくないし、その責任も僕には取れなかったということでした。

結局仲間に会社の資産をボーナスというかたちで分配して、解散しました。

今の会社、アイキャッチャーに転職してきたのは、その後の話です。

そうだったんですね…。

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デザインスキルしかないから、結局クライアントの言いなりになって手を動かすことしかできない。情けないことに当時の僕はそうでした。

だからマーケティングや、もっと上流の工程のことから学びなおそうと思ったんです。ビジネスのことも分かる専門家として、クライアントと対等な立場で打ち合わせができれば、信頼も得られるし、暗中模索して疲弊するばかりじゃなくなる。

そんな個人的な経験とも重なって、桂山さんのお話は他人事に思えなくて、今回お力になりたいと思ったんです。

今回のプロジェクトは、僕自身のリベンジマッチでもあります。

……。

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状況を変える手を打つ怖さは僕にも分かります。と言うか、僕には最後まで手を打つことができなかった。

でも、体内にガンがあることが分かりきっているのに治療しないというのは本当に愚かなことです。薬の副作用は強いかもしれない、吐き気で夜も眠れないかもしれないし、髪が全部抜け落ちてしまうかもしれない。でも、一時的な痛みから逃げてばかりいたら、取り返しがつかなくなったそのとき、絶対に後悔します。

どんなに従業員が頑張っても、プロモーションにお金を使っても、そもそものベクトルが間違っていたら状況は好転しません。ムダな努力は従業員のキャリアにとっても、プラスには働きません。

しかし…。

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AARRRという考え方があります。

これは、いかにビジネスモデルを成立させていくかというフレームワークで、有名なAIDMAの発展版のようなものです。

Acquisition(ユーザー獲得)、Activation(利用開始)、Retention(継続)、Referral(紹介)、Revenue(収益の発生)という観点でビジネスを考えるのですが、一番大事なのはRetentionです。

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どんなにプロモーションにお金を使っても、この「Retention」がうまくいっていないと、穴の空いたバケツに水を注ぎ続けているようなものです。

最初に取りかかるのは、本当にお客さんの満足につながるサービスを作り上げることです。そして継続的な発注につながり、十分な収益を生むビジネスモデルであることを証明します。不足があれば、その不足をとにかく埋めていきます。

プロモーションをかけたりとアクセルを踏む――つまり大きなお金を投入するのは、その後です。収益を生むことが証明されていれば、そこにお金を投下するのは合理的だし、怖いことではなくなりますよね。

僕にも経営の怖さが身にしみています。一か八かの勝負をしましょうと言っているわけではありません。お金をかけずにミニマムで始めて、どうにか状況を打開しましょう。

僕が達成できなかったこと、このプロジェクトで一緒にやり遂げましょう!

徳島さん…。

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ごめんなさい、話、聞いちゃいました。

田中さん、里平さん…。

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私たちからもお願いします。「絶対にうまくいく」なんて無責任なことは言えません。

でも、何もアクションを起こさなかったら必ずいつか限界がきます。

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やりましょう。そして東京テレビの『ジュラ宮殿』とかに出演してやりましょう!

みなさん、ありがとうございます。こんなにぐずぐずの経営者で本当に申し訳ないです。

ぜひ、みなさんのお力を貸してください!

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もちろんです!!


まとめ読みしたい、マーケティングの超必殺技講座シリーズ

1. マーケター田中の敗北

2. 仮説こそがマーケティングの第一歩

3. 失敗するよりもユーザーに聞いてみたほうが100倍早い

4. 消費者を知れば百戦危うからず

5. SWOT分析は現状を把握に有効なツール

6. 発想の量が質を担保する!

7. 意思決定で眠れない夜


まとめ読みしたい、非デザイナーのためのデザイン講座シリーズ

1. 要素は揃えれば大体うまくまとまる!

2. 発注先のデザイナーには、とやかく言ったほうが得?

3. センスがなくてもデザインはできちゃう?

4. 視線誘導のテクニックがデザインの水先案内人!

5. 構図が “センス” と言われるものの正体?

6. デザインの足し算・引き算で余白をコントロールする

7. 写真素材を活かすも殺すもレイアウト次第!

8. テキストは写真と並ぶビジュアル要素になりうる?

9. 理論武装すれば配色も怖くない!

10. パワポでデザインのクオリティを上げるテクニック


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