アイちゃん、田中が制作したマニュアルが功を奏し、マックスユニフォームから引き抜いた転職組や、急遽採用したパートスタッフたちが即戦力としてワークし、3つの案件すべての納期を守ることができた。
以降もクチコミやSEO、DM経由でコンスタンスにユニット社の受注は続いた。
そしてユニット社のクライアントがたまたま経済番組で取り上げられたときに、ユニット社によるユニフォームを含めたグランドデザインのリニューアルが業績の一助となっていることに言及したことがきっかけで、更に火がつく結果となった。
案件数がねずみ算式に増えていっても、岩倉が中心となってマニュアルをベースにオペレーションを組み、うまく現場を回していた。
社長、大変です! ジュラ宮殿から取材の申込みがありました…!
ジュラ宮殿? ゴールデンじゃないですか…!
また一段と忙しくなりそうですね。社長、ビシっと言ってきてください!
僕、メディア露出はちょっと…。ああ、何だか胃が痛くなってきました。
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デザイナーの高崎は、自分のデザインしたものがずっと着続けられること、現場を明るくしている様子を目の当たりにして、よりコミットしたいと桂山に伝え、外部パートナーとしてではなく、ユニット社の正社員としてこのプロジェクトに関わり続ける道を選んだ。
高崎の友人のデザイナーも一人引き入れ、美術大学を卒業したばかりの新卒も一人加えて、3人体制で妥協することなくデザインワークに取り組んでいた。
やっぱり私、チームでものづくりをしていくのが楽しいんだって今回改めて思いました。これは徳島さんの会社にいた頃から変わらずにそうなんです。いつも徳島さんからは人生の転機をもらっています。良くも悪くもですが。笑
いや、人生の転機をもらっているのは俺の方だ、いつも高崎には本当に大切なことに目を向けさせられているよ。
それにしても、元気にやっているようで良かった。顔を見たら分かる。
はい、注文が立て込んでいてちょっと忙しいですが、ちょっと忙しいくらいが私にはちょうど良いみたいです。
それは良かった!
徳島さん、私…。いえ、なんでもないです!
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ウェブ担当の中村は、ユニット社の実績を丁寧に取材してコンテンツにし続けていた。その取材やコンテンツ化を含めて、クライアントの高い満足度につながり、長期的なリピートに結びついていた。
中村はABテストも継続的に行っている。より効果の高いクリエイティブへと磨きをかけて、DMの受注率は当初の2倍以上をつけるに至っていた。
中村さん、マジすごいっす! 今度ウチの会社のセミナーで登壇してくださいよ!
いえ、田中さんのご支援があってこそです。
でもセミナーは良さそうですね。実はウェブチームも増員を検討しているところなんです。リクルーティングにちょうど良いかもしれません!
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マックスユニフォームからの転職組は、ユニット社での仕事に慣れ始めた頃、マックスユニフォームを提訴した。マックスユニフォームで過労に倒れて泣き寝入りしていた元従業員たちもこれに続いた。
残業代の不払いや違法な長時間労働、下請法の抵触などが次々明るみになり、マックスユニフォームには強制捜査が入った。
このことは大々的に報道され、マックスユニフォームのクライアントは軒並み発注を打ち止めた。もともとデット(借入)で事業の拡大を推し進めてきたマックスユニフォームにとって、操業停止に追い込まれる自体はまさに命取りだった。途端にキャッシュフローが回らなくなり、破産も時間の問題となった。
マックスユニフォームからは従業員の転出が相次ぎ、順調に事業拡大しているユニット社が一部ではあるがその受け皿となった。
また、マックスユニフォームが業界でのプレゼンスを低下させ、ユニット社の過去の取引先も平身低頭、ユニット社との取り引き再開を志願してきて、桂山社長はこれを快く受け入れた。
こういったパートナー企業への外注管理は、マックスユニフォーム社からの転職組の得意とするところだった。
マックスユニフォーム時代の仲間とこうやってまた仕事ができるのは本当に嬉しいです。
今となっては悪い夢を見ていたような気持ちです。
岩倉さんに誘っていただいて、本当に良かったです!
いや、当時は完全に負け犬だった俺たちに力を貸してくれたこと、こちらこそ感謝しているよ。
俺たちが今まで経験したことのない組織の拡大局面が続いているが、妥協せず、良い労働環境作りに愚直に向き合い続けよう!
はい、低きに流れず、頑張りましょう!
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連日の強制捜査や報道陣の執拗な取材に疲労困憊した様子のマックスユニフォーム代表 服部礼二の元に、ユニット社の先代社長 桂山五郎が訪れていた。
元を辿ると、二人はともにユニット社の創業期を支えた古い同志だった。
お前は優秀な男だ。わしよりもずっと頭が良いし、努力家でもある。だが、真面目すぎるがゆえに危険な最短経路を突き進むキライがある。
中には運良く渡りきれる者もいるだろう。しかし、そうはならないことの方が圧倒的に多い。
人生一度きりだ。一度きりの人生を一か八かのやり方に費やすのを、わしは良いとは思わない。最速で成功することがすべてではないだろう。
本当は従業員にとっても顧客にとっても良い会社ではなくなっていることに気づいていたはずだ。それをごまかすことにお前は知恵を絞ってしまった。
正しいベクトルに頭を使えば、お前はきっとすごい会社を作り出せるだろう。
私はとにかく見返したかったんです。
ユニット社を後にしてマックスユニフォームを創業したばかりの頃、本当にひどい有り様でした。
銀行は取り付く島もなく、取引先を開拓しようにも、メールを送っても返事をくれない、電話をしても二度とかけてくるなと怒鳴られる。ようやくアポイントが取れたと思ったら、こちらから出向いているのにアポイントをすっぽかされたり、うちと取り引きするメリットがないことをわざわざ挙げ連ねたりされることも珍しくありませんでした。
大きな企業にいるというだけで自分たちが優れているように錯覚している連中に、我慢ならなかった。それでも私には「よろしくお願いいたします」と頭を下げる以外のことができなかった。
夜は居酒屋でバイトをして、それを事業資金に充てました。私は愛想良く振る舞うことが苦手だったので、酔っぱらいから絡まれ、説教され、そのことを店長から叱られる。バイト先にも、自分たちが優れているように錯覚している連中で溢れていました。
それが結果を出し始めると、彼らの態度が変わり始めた。会社が大きくなるに連れて、連中は手のひらを返すようになったんです。大きな案件をいくつも握るようになってくると、誰もが私を認めてくれた。かつて私を全否定した取引先の担当者が、気づいたら私を接待するようになっていました。それが愉快でたまらなかった。
私は連中や、桂山さん、あなたを見返したいという反骨精神に支えられてここまでやってきました。
だがそれも、たったの数日であぶくのように消えてしまった。すべてを失ってしまったんです。
すべてを失ってなどいない。お前はまだ若い。人を引きつけるカリスマ性も持っている。
そしてかつてユニット社にいた頃のお前の良さを引き出せなかったことを、わしは悔やんでいる。あの頃わしは、お前と対話する器量を持ち合わせていなかった。本当にすまなかったと思っている。
もしお前が正しいやり方でやり直すというなら、たとえユニット社の競合となろうとも、わしは喜んで手を貸そう。もう一度二人でやり直そう。
桂山さん…。
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アイちゃんと田中の二人が社長室から出てくるのを、徳島は目にした。ちょうど徳島も社長室に用事があったのだ。
徳島は嫌な予感を覚えながらも、社長室をノックした。
アイキャッチャー株式会社を一代で3,000人規模にまで育て上げたアイキャッチャー代表 近藤顕はいたずらっぽい微笑をたたえて徳島を出迎えた。
徳島くん、君の部下はなかなか扱いにくそうだが、すごく良い資質を持っている。
「これからの代理店はプロモーションだけをやっていてもダメだ、クライアントの商品開発を含めたものづくりから入るサポートすべきだ。まずは良いものを作らないと、どんなに筋の良い広告を打っても意味がない」
そういうことを熱弁して行ったよ。
生意気なやつらですみません。
ただ、実は僕も同意見です。とは言え「言うは易し」です。それをビジネスに乗せようと思ったら、人材の採用からやり直すくらいのことをする必要があるかもしれません。
そもそも商品開発の経験のある人間なんて、世の中にほとんど実在しません。それは大企業にしてもメガベンチャーにしても、キャッシュを潤沢に持っている組織ですら第二、第三の事業をうまく立ち上げられずにいる様子を見ているとよく分かります。
ほとんどのサラリーマンは、既に収益を生んでいる事業をよりブラッシュアップしていくために働いて経験を積みます。0から1を生み出す経験を何度も積むことはとても難しい。だからこそそれをカバーするビジネスモデルには潜在需要が大きく、供給が追いついていない状況にあると言えるでしょう。
里平くんと田中くんは、既にその一歩を踏み出しているようだ。これを見てくれ。
これは、マニュアル…。あいつら、いつの間に!
今回のユニット社の件は聞かせてもらったよ。そのユニット社の新事業創出に適用したマーケティングプロセスを、こうやってうまくマニュアルに落とし込んでいる。
あの二人の前のめりなところはすごく評価できる。ただ、これは上司である徳島くんが一番分かっていることだと思うが、どうも詰めが甘い。事業計画も添付されていたが、こんなに早くから収益化できるとは到底思えない。
この事業を立ち上げるには、相当の戦略と粘り腰が必要になるだろう。敵は社外だけではない。社内からも反発の声が寄せられることは想像に難くない。なぜなら新規事業創出のノウハウがないのは、うちの従業員にしても同じことだからだ。
そこで徳島くん、君にプロジェクトリーダーになってもらい、里平くん、田中くんの3人チームでこの新規事業創出プロジェクトに取り組んでもらいたいと思っている。
君が以前立ち上げたデザイン会社をダメにして、うちに中途入社してきて、誰よりも隠れて勉強してきたことを私は知っている。
まずは1チームから始めて、小さな成功体験を作ってほしい。そしてその成功体験を社内に横展開していってほしい。
お願いできるだろうか?
はい、僕にはまだまだ未熟なところがありますが、あの2人をつけてくれるなら、やり遂げられると思います!
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社長室を後にした徳島を、部屋の前でアイちゃんと田中が待ち構えていた。
お前ら、待ってたのか…。
今日は決起会っすね!
徳島課長代行、ごちになります!
まとめ読みしたい、マーケティングの超必殺技講座シリーズ
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